疲れた。休みたい。
経験則上、疲れたと言葉にするだけで余計に疲れてくるのは分かっていた。

「でも疲れるもんは疲れるんだよー!イタッ」

重力に引っ張られるようにテーブルに突っ伏すと、思ったより音が響いた。
向こうで何やらガサガサブツブツと楽しそうに思考を巡らせては手を動かしていたゼノ先生にもバッチリ聞こえたことだろう。

「どうやら閃きの音ではなさそうだね」
「もう疲れた……癒されたい……」

そうだ、私は今猛烈に癒されたいのだ。

「ダーリンに会いたいよ〜〜」

こんなどうしようもない泣き言をいくら溢したところでどうにもならない。ゼノにもいよいよ呆れられてしまう。
そう思っていると、ガタガタと物凄い音がした。

「な、なに?大丈夫転んだ?」

何かが落ちるような、ひっくり返るような音。働き詰めのゼノがうっかり足や手を滑らせて資料の下敷きに……なんてことはなかったが、やはり転んだらしく尻餅をついていた。

「ああ良かった無事だった」

それにしても普段の彼からは考えられない隙だらけの珍しい姿だったので、助けの手を伸ばす前についそのまま眺めてしまった。

「やっぱゼノも疲れてるんでしょ?もう休もうお互い」
「……さっき何と言った?」
「もう休もう」
「もっと前だもっと」

そんな前に言ったことなんて覚えてない。なにせ頭が働いてないのだから。

「恋人がいるのか……?」

おお、なんということだ!という声まで聞こえてきそうだ。ゼノは明日世界が滅亡すると知ってしまった時みたいな顔をしている。とはいえ実際に世界は一度滅んでしまったのでこの手の例えはもう使えないかもしれない。

「あ、あぁダーリンのことね、アハハ……あれは……その……」

言いづらい。文明が滅ぶ前も今も疲れ果てるほど研究に没頭する毎日を送ってる私に本物のダーリンなど存在しないからだ。
私の言うダーリンとは、私自身が癒される為だけに私の脳内で生み出された架空の存在である。
つまり、ゼノにこれ以上深掘りされると私は自分の恥ずかしい妄想癖を彼に自ら申告しなければならない。

「まあとにかく今日はもう寝ましょう、ね?」
「名前、君のダーリンとやらは石化中も意識を保っていられそうな人間なのか?」
「その話はもうやめない?」

立ち上がったかと思うと大股でこちらに近付いてきたゼノの目は見間違いでもなんでもなく明らかに血走っている。
なんとなくだが、ゼノは私を同類と思っているんじゃないかと感じていた。脇目もふらず研究一筋。そんな人間に、現を抜かす恋人のような存在がいることが受け入れがたいのかもしれない。全部妄想なのに、どうしたものか。

「そうはいかないな。僕にはその人物が果たして君にふさわしいのかを見極める必要がある」
「え」
「分かったところで君を諦める気もないが」
「ええ!?」

ふさわしいとか諦めるとか、私が予想してたのと違う。
何がなんだか分からない。ただ、私はもうしばらくこの部屋から出してもらえなさそうである。



2021.5.1 「お題:え、恋人いるの…?」


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